うつ病は「心の風邪」と製薬会社がCMなどのキャンペーンを行った過去もあり、一般的に認知され、昔ほど偏見等はなくなってきました。ただ、「心の風邪」という表現は軽症のうつ病では、まだ許容範囲内の表現かもしれませんが、重症では「死んでしまいたい」などと思う自殺念慮もある病気で、適切に治療をする必要があります。
どこからがうつ病?うつ病の基準
うつ病は一般的には、気持ちが落ち込み、憂うつな気分になると言われています。この状態(抑うつ症状)が2週間以上続くとうつ病と診断される事が多いです(DSM-5(※)の診断基準の一部)。
(※)精神障害の診断と統計マニュアル(DSM-5:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,fifth-edition) アメリカ精神医学会により出版された精神障害の診断基準などが掲載されているものの第5版。日本でも用いられている。病院によってはWHOのICD-11が診断基準として採用されている。
うつ病は心の風邪?
「死んでしまいたい」などと思うこともあり、「風邪」と軽く見るのはよくないと思います。ただ、日本では100人に約6人が生涯のうちにうつ病にかかるという疫学的調査もあり、誰でもかかる可能性のある病気とは言えるかもしれません。
うつ病の原因は?
現在の医学でははっきりとした原因はわかっていません。ストレスが原因と言われる事が多いですが、辛い事や悲しい事だけでなく、結婚や就職など嬉しい出来事もストレスとして原因になる事があります。また、女性の場合は「産後うつ」と言われる出産後にうつ病、うつ状態を発症することがあります。また、更年期をきっかけに発症する場合もあります。
うつ病の症状
うつ病の症状には精神的な症状と身体的な症状があります。
精神的な症状
精神的な症状には以下のようなものがあげられます。
・一日中気分が落ち込んでいる
・何をしても楽しめない
・物事の捉え方が否定的
・自分がダメな人間だと感じている
・イライラする
・焦りやすい
・死んでしまいたいと考えてしまう
身体的な症状
身体的な症状には以下のようなものがあげられます。
・食欲がない
・性欲がない
・眠れない
・過度に寝てしまう
・体がだるい、疲れやすい
・頭痛や肩こり
・動悸
・胃の不快感、便秘や下痢
・めまい
・口が乾く
うつ病発症までの脳内の変化(モノアミン仮説)
古くからある抗うつ薬の作用メカニズムはモノアミン仮説と呼ばれる仮説です。この仮説を用いるとうつ病となるまでに次の過程を経ると考えられています。
①通常時の神経伝達(通常のノルアドレナリン、セロトニンの正常放出)
通常時は下図のような神経伝達が行われると考えられています。
通常、セロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミンは、シナプス間隙に放出されると大部分は相対するシナプスの受容体と結合し、神経伝達が行われます。一部のセロトニンやノルアドレナリンはトランスポーターによって再取り込みされます。また、別の一部のセロトニンやノルアドレナリンは自己抑制型受容体を刺激します。

②過剰刺激時の神経伝達(ノルアドレナリン、セロトニンの過剰放出)
ストレスなどで過剰な刺激が起こっている状態だと、ノルアドレナリンやセロトニンなどの神経伝達物質の量が増えます。そのようになるとシナプス間隙に放出される神経伝達物質の量も増えます。一時的であれば問題ないのですが、長い間その状態が続くと以下の③の状態に移行します。

③うつ病の成立:刺激伝達の減少(ノルアドレナリン、セロトニンの産生減少、受容体の減少)
過剰な刺激が長期にわたると、その刺激が通常の状態と体は認識します。一方で通常の刺激に対してはセロトニンやノルアドレナリンの量が多いので、刺激に対するセロトニンやノルアドレナリンの産生量を減らします。
また、シナプス間隙にある受容体の量が減れば、刺激の伝達が通常のようになるので、受容体の数も減少します。
これは暑くても寒くても体温を一定にしようとする恒温動物の恒常性に似ています。また、ステロイド(副腎皮質ホルモン)を長期投与すると体内で生成されるホルモン量が減少することにも似ています(ステロイド投与された分のホルモン量は体内で生成しなくても足りるので、生成量が減少するのではと考えられています。

④抗うつ薬による刺激伝達
抗うつ薬の投与によりシナプス間隙でのセロトニンやノルアドレナリンの再取り込みを阻害することにより、刺激の伝達を促進します。これにより、少ないセロトニンやノルアドレナリンでも効率的に刺激伝達を行うことができます。

モノアミン仮説の問題点
古くから知られているモノアミン仮説ですが、モノアミン仮説のみでは説明ができない実験結果がいくつかあります。
例えば、抗うつ薬によりセロトニンやノルアドレナリンなどの脳内の細胞外モノアミン濃度は抗うつ薬の投与から数時間で増加しますが、実際の臨床現場では治療効果が発現するまでには1~2週間以上と慢性的な投与が必要とされています。
古くから知られているモノアミン仮説ですが、モノアミン仮説のみでは説明ができない実験結果がいくつかあります。
例えば、抗うつ薬によりセロトニンやノルアドレナリンなどの脳内の細胞外モノアミン濃度は抗うつ薬の投与から数時間で増加しますが、実際の臨床現場では治療効果が発現するまでには1~2週間以上と慢性的な投与が必要とされています。
現在のところ作用発現機序を網羅的に説明できる仮説はありませんが、モノアミン仮説以外にも以下のような仮説が提唱されています。
その他の抗うつ薬の治療発現仮説:①海馬神経新生仮説
海馬は記憶・学習といった認知機能に関する脳の部位として知られています。また、昔は神経細胞は成体に達すると新生されない(新たに作られない)という考えが主流でした。
しかし、現在では海馬などの特定の脳の領域では神経幹・前駆細胞が存在し、成体であっても、それらが増殖・分化することにより神経細胞が新生されることが明らかになっています。
動物実験で精神的ストレスのみを負荷した場合でも海馬神経幹・前駆細胞が減少することから、海馬神経新生の抑制がうつ病に関与しているのではないかと考えられています。
また、抗うつ薬(フルオキセチン:SSRI)をラットに投与した実験では1~5日間の急性投与では海馬神経幹・前駆細胞に対する影響はないが、2~4週間の慢性投与では海馬神経幹・前駆細胞の増殖が促進され、神経新生が増加することが認められました。
臨床現場での投与開始から治療効果発現までの期間と上記、神経新生増加が認められる期間が同じような期間のため、海馬神経新生がうつ病と関連があるのではないかと仮説がたてられています。
その他の抗うつ薬の治療発現仮説:②海馬神経可塑性仮説
BDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor:脳由来神経栄養因子)は脳内に広く分布している因子で、神経新生、シナプス形成を促進し、シナプス可塑性(新しい神経のネットワークを形成、および既存の神経間の連携を強化)に関わります。
また、動物実験でうつ病状態だと海馬などのBDNFが低下し、抗うつ薬を投与すると海馬のBDNFが増加することが報告されています。
ヒトにおいても、うつ病患者さんで血清BDNFが低下しており、抗うつ薬治療で症状の改善に伴い血清BDNFが増加することが報告されています。
これらの結果より、BDNFの低下による神経可塑性の障害がうつ病と関連しているという仮説が神経可塑性仮説になります。
その他の抗うつ薬の治療発現仮説:③視床下部-下垂体-副腎皮質系および海馬障害仮説(HPA系仮説)
ストレスを受けると副腎からコルチゾールというストレスホルモンが分泌されます。強いストレス状態が常態化し、コルチゾールが慢性的に分泌されると海馬の体積が減少したり、神経細胞の新生が抑制されることがわかっています。
これらの海馬の体積減少と神経細胞新生抑制がさらにHPA系の活性を促すという負のスパイラルを生み出します。
これらの過程がうつ病と関連しているという仮説が、視床下部-下垂体-副腎皮質系および海馬障害仮説(HPA系仮説)になります。
うつ病の治療薬
うつ病の治療薬には、いくつか種類があります。
第一世代抗うつ薬:三環系抗うつ薬
第一世代の抗うつ薬と呼ばれています。化学構造の中に3つの環状構造を有しているため、三環系と呼ばれています。日本では最初の抗うつ薬として、イミプラミンが1959年に発売されています。アモキサピンは三環系ですが、第二世代抗うつ薬に分類されます。
▼関連記事:第一世代抗うつ薬とは?三環系抗うつ薬の作用機序と副作用・構造式など
第二世代抗うつ薬:四環系抗うつ薬
第二世代の抗うつ薬と呼ばれています。化学構造中に4つの環状構造を有している為、四環系と呼ばれています。三環系抗うつ薬と比べると、抗うつ作用はやや弱く、副作用が少ないのが特徴と言われています。
▼関連記事:第二世代抗うつ薬とは?三環系・四環系抗うつ薬の作用機序・副作用・構造式など
その他の第二世代抗うつ薬
三環系、四環系に属しませんが、トラゾドン塩酸塩も第二世代の抗うつ薬として扱われます。三環系抗うつ薬と比較して、抗コリン作用、心毒性が少ないです。また、四環系抗うつ薬と同様眠気が強い薬剤になります。
第三世代抗うつ薬:選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI:Selective Serotonin Reuptake Inhibitor)は中枢神経系におけるセロトニントランスポーターを阻害することにより、再取り込みを抑制、シナプス間隙のセロトニン濃度を増加させることで、抗うつ作用を示します。三環系抗うつ薬に比べて、副作用は大きく軽減されています。
▼関連記事:第三世代抗うつ薬とは?SSRIの作用機序と副作用・構造式など
第四世代抗うつ薬:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI:Serotonin Noradrenalin Reuptake Inhibitor)は中枢神経系におけるセロトニントランスポーター、ノルアドレナリントランスポーターを選択的に阻害し、再取り込みを抑制、シナプス間隙のセロトニン濃度、ノルアドレナリン濃度を増加させることで、抗うつ作用を示します。SSRIと比較して、作用の発現が早く、副作用が少ないといった事が挙げられます。
▼関連記事:SNRIとは?作用機序と副作用・構造式など
ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)
ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA:Noradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressant)は中枢神経系のノルアドレナリン神経の中枢のシナプス前 α2 アドレナリン自己受容体を遮断して、ノルアドレナリンの遊離を促進します。また、セロトニン神経終末のシナプス前α2アドレナリンヘテロ受容体を遮断して、セロトニンの遊離を促進します。さらに、セロトニン5-HT2受容体、5-HT3受容体を遮断し、5-HT1受容体を選択的に活性化させ、抗うつ作用を示します。
▼関連記事:NaSSAとは?作用機序と副作用・構造式など
参考資料
・厚生労働省 知ることからはじめようメンタルヘルス
・厚生労働省 うつ病の認知療法・認知行動療法(患者さんのための資料)
・増田孝裕 他|うつ病と海馬新生
・小林克典|抗うつ作用と海馬神経可塑性
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